この曲は、ピアノ音楽における「流れるような美しさ」の代名詞とも言える作品です。 右手が奏でる絶え間ない三連符は、湧き出る泉の水や、ビロードの上を転がる真珠に例えられます。華やかで軽快な始まりから、突如として激しい情熱を見せる展開まで、シューベルトの「歌心」と「ドラマ」が凝縮された一曲です。
作品の背景
この曲が書かれたのは、シューベルトの人生の最晩年です。
- 死の前年の傑作 1827年、シューベルトが30歳で亡くなる前年に作曲されました。この年は彼の創作意欲が燃え上がっていた時期で、『冬の旅』などの傑作も生まれています。
- 「即興曲」という名前 実は「即興曲(アンプロンプチュ)」というタイトルは、シューベルト自身ではなく、出版社のハスリンガーが販売促進のために名付けたと言われています。しかし、その自由な形式と溢れ出るような楽想は、まさに「即興」の名にふさわしいものです。
- 4曲セットの第2曲 「作品90(全4曲)」の中の2曲目です。重厚な第1番の後に、この軽やかな第2番が続くことで、見事なコントラストを生み出しています。
楽曲の構造と音楽的な特徴
典型的な三部形式(A - B - A' - コーダ)ですが、調性の変化に大きな特徴があります。
- 第1部(A):光のスケール
- 調性: 変ホ長調(E-flat major)
- 右手が、高い音域から低い音域へと駆け巡る高速の三連符(スケール)で始まります。
- 左手は舞曲(ワルツ)のような軽快なリズムを刻み、全体として非常に優雅で愛らしい雰囲気を醸し出します。
- 中間部(B):激情の嵐
- 調性: ロ短調(B minor)
- 雰囲気が一変し、激しく、暗い短調へと転じます。
- アクセントの効いたリズムと、内面の叫びのような旋律は、第1部の軽やかさとは対照的です。この「天国的な明るさ」と「突然の暗い影」の対比こそが、シューベルト音楽の真骨頂です。
- コーダ:衝撃の結末
- 再び第1部の流麗なメロディが戻ってきますが、曲の終わり際、変ホ短調(E-flat minor)へと暗転します。
- 明るく終わるかと思いきや、奈落の底へ落ちていくような激しいスケールと共に、悲劇的な響き(短調の和音)で曲が閉じられます。
技術的難易度
ピアノ学習者にとっては中級〜上級へのステップアップとして重要な曲です。
- 「真珠のような」タッチ 右手の三連符を、デコボコさせずに均一に、粒を揃えて弾く(ジュ・ペルレ)技術が求められます。単なる指の運動にならず、その中にメロディを歌わせるコントロールが必要です。
- 持久力 右手は最初から最後までほぼ休みなく動き続けるため、脱力ができていないとすぐに腕が痛くなります。
- リズムの躍動感 速いパッセージに気を取られがちですが、左手の「ズン・チャッ・チャッ」というリズムが重くなると曲全体が野暮ったくなります。ウィーン風の軽やかな拍節感が不可欠です。
この曲が愛される理由
- 視覚的・触覚的な気持ちよさ 鍵盤の上を指が滑らかに駆け巡る様子は、弾いている本人にも、見ている観客にも「爽快感」を与えます。
- 分かりやすい「二面性」 「キラキラした美しい部分」と「ドロドロした激しい部分」がはっきりと分かれているため、誰が聴いても退屈せず、ドラマティックな展開を楽しめます。
- 終わりの意外性 華やかに始まって暗く終わるという、一筋縄ではいかないエンディングが、聴いた後に不思議な余韻を残します。
まとめ
シューベルトの『即興曲 Op.90-2』は、終わることのない水の流れのような永遠性と、人間の内面にある激しい情熱が同居した傑作です。
エチュード(練習曲)のように指を動かす喜びがありながら、そこには深い叙情性が宿っています。「ピアノを美しく響かせる」とはどういうことか、この曲は教えてくれます。
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