Shubert Erlkönig D. 328 シューベルト 魔王(シューベルト作曲 / リスト編曲)

シューベルト演奏済み

「夜の風を切り、馬を走らせるのは誰か?」 ゲーテの詩に基づいたこの曲は、単なる音楽ではなく、ピアノ一台で演じられる4分間のホラー映画です。 病気の子を抱いて馬を飛ばす父親、怯える子供、そして子供を連れ去ろうと甘い言葉で囁く魔王。この緊迫したドラマを、超絶技巧と共に描き出す、ピアノ音楽史上最も過酷で、最もドラマティックな名曲の一つです。

作品の背景

この曲には、二人の天才の存在があります。

  • 18歳の天才シューベルト 原曲(歌とピアノ)は、シューベルトがわずか18歳の時(1815年)に作曲しました。彼はゲーテの詩を読み、情熱に突き動かされて一気にこの曲を書き上げたと言われています。
  • ピアノの魔術師リストによる「布教」 シューベルトの歌曲の素晴らしさを世に広めるため、フランツ・リストがピアノ独奏用に編曲(トランスクリプション)しました。 リストは、「歌のメロディ」と「激しい伴奏」をたった一人のピアニストの両手で同時に演奏できるように再構築しましたが、その結果、人間業とは思えない難易度になってしまいました。

楽曲の構造と音楽的な特徴

この曲の最大の特徴は、一人四役」の演じ分けと、絶え間ない「馬の蹄(ひづめ)の音です。

  • 馬の疾走(右手の連打)
    • 調性: ト短調(G minor)
    • 冒頭から最後まで、右手が「タタタ、タタタ(3連符)」というオクターブの連打を刻み続けます。これは嵐の中を疾走する馬の蹄の音であり、父親の焦燥感を表しています。
  • 登場人物の演じ分け ピアニストは、以下の3人の声を、音域と音色を変えて弾き分けなければなりません。
    1. 父親: 低音域で、力強く落ち着いた口調。「心配ない」と子供をなだめます。
    2. 子供: 高音域で、悲鳴のような不協和音。恐怖に震えながら「魔王がいる!」と訴えます。
    3. 魔王: 長調(明るい響き)に転調し、連打が消え、甘く囁くようなピアニッシモ(極弱音)になります。「おいで、いいおもちゃがあるよ」と子供を誘惑する不気味な静けさです。
  • 衝撃のラスト 家(宿)にたどり着き、馬の足音が止まります。 レチタティーヴォ(語り)のように「腕の中で子供は……」と溜めた後、「死んでいた」という衝撃的な和音で曲が断ち切られます。

技術的難易度

ピアノ曲の中で、「右手が最も疲れる曲」として悪名高い、超難曲です。

  • オクターブ連打の地獄 原曲(伴奏)の時点でプロのピアニストが「腕がちぎれる」と嘆くほどの連打が続きます。リスト版では、これに加えてメロディラインも同じ手で処理しなければならない箇所があり、前腕の筋肉に凄まじい負荷(乳酸の蓄積)がかかります。 脱力ができていないと、曲の途中で腕が動かなくなってしまいます。
  • 3つの層のコントロール 「激しい伴奏(馬)」、「吹き荒れる風(左手のスケール)」、「歌のメロディ」という3つの要素を、たった2本の手で整理して響かせなければなりません。特に「魔王」のパートで瞬時にタッチを切り替え、甘美な音色を出す表現力が重要です。
  • 恐怖の「同音連打」 オクターブだけでなく、同じ鍵盤を高速で連打する技術も必要で、ピアノの鍵盤の戻りが遅い楽器では物理的に音が鳴らないことさえあります。

この曲が愛される理由

  1. 圧倒的なスリル 物語の怖さと、演奏者の技術的な限界への挑戦がリンクし、聴いている側も手に汗握る緊張感を味わえます。
  2. 分かりやすいストーリー 歌詞がなくても、「今、魔王が出た!」「子供が叫んだ!」と情景がはっきりと浮かぶ描写力があります。
  3. リスト編曲の魔法 原曲の持つ迫力を損なうことなく、ピアノという楽器のダイナミズムを極限まで引き出したリストの手腕は圧巻です。

まとめ

シューベルト(リスト編曲)の『魔王』は、4分間の超絶技巧ホラーサスペンスです。

美しい旋律を楽しむというよりは、迫りくる恐怖と、それに立ち向かうピアニストの気迫そのものを体感する作品と言えるでしょう。最後の和音が鳴り響いた瞬間、会場は静寂に包まれます。

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