「ショパンのワルツ」と聞いて、多くの人が最初に思い浮かべる旋律の一つがこの曲ではないでしょうか。華やかな舞踏会の賑わいというよりは、個人の心の内を吐露するような、繊細で詩的な美しさを持っています。「小犬のワルツ(作品64-1)」と同じ作品番号を持ちながら、対照的な性格を持つこの曲の世界へご案内します。
作品の背景
この曲は、ショパンが亡くなる2年前の1847年頃に作曲されました。 この時期、ショパンの健康状態は結核の悪化により深刻になっており、長年のパートナーであったジョルジュ・サンドとの関係も崩壊寸前(あるいは決定的に悪化)という、彼の人生の中でも特に困難な時期にあたります。
作品64として出版された3つのワルツ(第1番「小犬のワルツ」、第2番 本作、第3番)は、貴族の女性たちに献呈されており、この第7番はナタニエル・ド・ロスチャイルド男爵夫人(シャルロット・ド・ロスチャイルド)に捧げられました。
ショパン晩年の様式である「洗練された対位法」や「内省的な響き」が色濃く反映されており、単なる踊りのための音楽を超えた、深い精神性を感じさせる作品となっています。
楽曲の構造と音楽的な特徴
曲は嬰ハ短調(C-sharp minor)で書かれており、大きく分けて3つの主題(A-B-C)がロンド形式のように現れる構造を持っています(A-B-C-B-A-B)。
- 第1主題(A):Tempo giusto(正確な速さで)
- 冒頭の最も有名な旋律です。左手の典型的なワルツのリズムに乗せて、右手が「ため息」のような下降形のメロディを奏でます。
- Tempo giustoという指示は「メトロノームのように機械的に」という意味ではなく、「過度なルバート(テンポの揺らしすぎ)を避けて、ワルツの基本の拍節感を保って」というショパンの意図と解釈されています。
- 第2主題(B):Più mosso(より動きをつけて)
- 一転して、8分音符がくるくると回転するように動き回るセクションです。情熱的でありながら、どこか焦燥感を感じさせるような、心のざわめきを表現しています。
- 中間部(C):Più lento(より遅く)
- ここから変ニ長調(D-flat major)に転調します。嬰ハ短調とは「異名同音(鍵盤上は同じ音)」の関係にある長調です。
- 短調の暗い雰囲気から、突然雲が晴れたような、穏やかでノスタルジックな旋律が現れます。夢の中にいるような、甘く切ない美しさが特徴です。
技術的難易度
ピアノ学習者にとっての「憧れの曲」として挙げられることが多いですが、難易度は中級~上級(Intermediate to Advanced)に位置づけられます。
- 運指と柔軟性: 第2主題(B)の速いパッセージを、粒を揃えて滑らかに弾くには、指の独立と手首の柔軟な使い方が求められます。
- ルバートのセンス: 音符通りに弾くだけならそこまで難しくありませんが、「ショパンらしい」演奏にするためのルバート(テンポのゆらぎ)が非常に難しいポイントです。左手の拍を安定させつつ、右手のメロディをいかに歌わせるかが腕の見せ所です。
- ポリリズム的な感覚: 右手のフレーズが小節の区切りをまたいで流れることが多く、左手の3拍子と右手のフレージングがずれるような感覚(ヘミオラやクロスリズムの要素)を自然に処理する音楽的センスが必要です。
この曲が愛される理由
なぜこの曲がこれほどまでに愛されるのか、その理由は「悲哀と優雅さの黄金比」にあります。
ただ悲しいだけの曲であれば、これほど広く聴かれることはなかったでしょう。この曲は、深い悲しみを湛えながらも、決して品格を失わず、ワルツという舞曲の形式美を保っています。 特に中間部の長調(変ニ長調)へ転じた瞬間の「救い」のような安らぎは、聴く人の心に寄り添うような優しさがあります。
「ピアノの詩人」と呼ばれたショパンの、センチメンタリズムと貴族的な気品が最も凝縮された一曲と言えるでしょう。
まとめ
ワルツ第7番 作品64-2は、ショパン晩年の傑作であり、彼の心象風景が色濃く投影された作品です。 技術的な派手さよりも、内面的な表現力が問われるこの曲は、弾く人によって全く異なる表情を見せます。哀しみの中に微かな光を探すようなこの旋律は、時代を超えて多くの人々の心を癒やし続けています。
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