明るく輝かしい「英雄ポロネーズ(第6番)」とは対照的に、この第5番は「悲劇的(トラジック)ポロネーズ」という異名で呼ばれることもあります。 暗く、激しく、そしてどこか狂気すら感じるほどの情熱が渦巻くこの曲は、ショパンのポロネーズの中でも最もドラマティックで、通好みのする「隠れた最高傑作」です。
作品の背景
この曲が生まれたのは、「英雄」が書かれる少し前のことです。
- 円熟期の「実験」 1841年、ショパン31歳の作品です。この時期のショパンは作曲技法が極めて充実しており、既存の形式を打ち破るような試みを行っていました。
- ポロネーズの中にマズルカ? この曲の最大の特徴は、ポーランドの貴族の踊りである「ポロネーズ」の中に、庶民の踊りである「マズルカ」の形式をすっぽりと入れ込んでしまった点です。 これは非常に珍しい構成で、ショパンが祖国ポーランドへの「誇り(ポロネーズ)」と「郷愁(マズルカ)」の両方を、一つの曲の中で融合させようとした試みだと考えられています。
楽曲の構造と音楽的な特徴
曲は不穏な空気で始まり、衝撃的な展開を見せます。
- 冒頭:不気味な序奏
- 調性: 嬰ヘ短調(F-sharp minor)
- 通常のポロネーズのような華やかなファンファーレはありません。低音で不気味に蠢くような、短いフレーズが繰り返され、徐々にエネルギーを溜めてから、激しい第1主題が爆発します。
- 主部:暴力的なまでの情熱
- 英雄ポロネーズのような「勝利の行進」ではなく、ここにあるのは「悲劇的な戦い」や「怒り」です。鋭いリズムと、叩きつけるような和音が続き、聴く者を圧倒します。
- 中間部:夢の中のマズルカ
- 調性: イ長調(A major)
- 突然、嵐が止み、美しい「マズルカ」が始まります。
- 激しい戦いの最中に、ふと故郷ののどかな風景を思い出したかのような、あるいは天国からの迎えが来たかのような、優しく幻想的なパートです。この「動」と「静」のコントラストはこの曲の白眉です。
- 再現部への架け橋
- マズルカが終わると、すぐに主部には戻らず、不気味な経過部に入ります。
- 左右の手がずれたまま上昇していくような不安定なパッセージが続き、再び冒頭の激しいテーマへと雪崩れ込みます。
技術的難易度
ショパンのポロネーズの中で、最難関の一つに数えられます。
- 体力とスタミナ 演奏時間は10分を超え(ポロネーズの中で幻想ポロネーズに次いで長大)、全編を通して重い和音やオクターブの連続があるため、強靭なスタミナが必要です。
- 反復のコントロール この曲は「同じリズムパターン」が執拗に繰り返されます。これを単調な「ミシン」のようにせず、徐々に狂気を孕んでいくように盛り上げる構成力が奏者に求められます。
- マズルカのニュアンス 中間部のマズルカは、技術的には易しいですが、独特の「訛り(なまり)」や「揺らぎ」を表現するのが難しく、センスが問われる部分です。
この曲が愛される理由
- 「闇」の魅力 ショパンの持つ「暗い情熱」や「狂気」が好きなファンにとっては、英雄ポロネーズよりもこちらの方が深く刺さります。ロックやメタルに通じるような、重厚でハードなカッコよさがあります。
- マズルカ部分の美しさ 重苦しい曲調の中に突如現れるマズルカの清涼感は、砂漠のオアシスのように美しく、このギャップに涙する聴衆が多いです。
- オーケストラのような響き ピアノ一台とは思えないほど音の厚みがあり、まるで交響曲を聴いているかのようなスケールの大きさを感じることができます。
まとめ
ショパンの『ポロネーズ第5番』は、輝かしい「英雄」の影にある、苦悩と激情の傑作です。
貴族的なプライドと、望郷の念が複雑に入り混じったこの大曲は、ショパンという芸術家の「魂の叫び」を、最も生々しい形で体験させてくれます。
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