クラシック音楽に詳しくない人でも、このメロディを一度は耳にしたことがあるかもしれません。音楽ゲームやポップス(「ベートーヴェン・ウィルス」など)にもアレンジされるほど、キャッチーで強烈な印象を残す旋律です。重厚な第1楽章、穏やかな第2楽章を経て、このソナタを締めくくるにふさわしい、切迫感と美しさを兼ね備えたフィナーレです。
作品の背景
このソナタは、ベートーヴェンがまだ20代後半だった1798年から1799年にかけて作曲されました。彼の「初期」を代表する傑作です。
「悲愴(Pathétique)」という標題は、ベートーヴェン自身が名付けた(あるいは出版社の提案を認めた)数少ないものです。当時の彼が感じていた耳の病への恐怖や、若き日の情熱的な苦悩が反映されていると言われますが、第3楽章に関しては、悲劇的というよりは、「悲しみを乗り越えて突き進むエネルギー」のようなものを強く感じさせます。
楽曲の構造と音楽的な特徴
この楽章はハ短調(C minor)、ロンド形式(A-B-A-C-A-コーダ)で書かれています。ただし、ソナタ形式の要素も巧みに取り入れられているため、「ソナタ・ロンド形式」とも分析されます。
- メインテーマ(A):
- 冒頭、ピアノの中音域から高音域へと駆け上がるようなアウフタクト(弱起)で始まります。
- 単純な和音の伴奏に乗って、哀愁を帯びつつも軽快な主題が奏でられます。この「短調なのに踊りだしたくなるような」独特の性格が、この曲の最大の魅力です。
- 第2のテーマ群(B):
- 平行調の変ホ長調(Eb Major)に転じ、少し穏やかで流れるような旋律が現れます。ここで一瞬の安らぎを感じさせます。
- 中間部(C):
- 変イ長調(Ab Major)を中心としたセクションです。ここでは対位法的な(左右の手が会話をするような)動きが見られ、少し厳格で力強い雰囲気に変わります。
- コーダ(結尾):
- 最後は再びハ短調の激情が戻ってきます。華やかな分散和音でクライマックスを迎え、最後は「ジャン!」と力強い和音で、迷いを断ち切るように曲を閉じます。
技術的難易度
ピアノ学習者にとっては中級~上級(Intermediate to Advanced)の登竜門的な曲です。
- 左手のコントロール:
- 曲全体を通して、左手は伴奏を担当することが多いですが、ここが重くなると曲全体の疾走感が失われます。手首を柔らかく使い、軽快さを保つ技術が必要です。
- 指の独立とアーティキュレーション:
- 右手の速いパッセージ(16分音符の動き)を、粒を揃えて明瞭に弾く必要があります。特に、スタッカート(短く切る音)とスラー(滑らかにつなぐ音)の弾き分けが、曲の表情を作る鍵となります。
- クロスリズム:
- 2拍子系のリズムの中で、3連符などが出てくる箇所があり、リズムが崩れないように正確な拍動感を保つことが重要です。
この曲が愛される理由
第3楽章が特に人気がある理由は、「哀愁とポップさの融合」にあります。
ベートーヴェンというと「深刻」「重い」というイメージを持たれがちですが、この楽章は非常にメロディアスで、現代のポップスにも通じるような「サビ」の強さがあります。 また、第2楽章の極上の癒やしの後に、このスリリングなロンドが来ることで、聴き手は「静と動」のコントラストに強く心を揺さぶられます。ピアノを弾く人にとっては、「指が回る快感」と「感情を爆発させる喜び」の両方を味わえる稀有な曲でもあります。
まとめ
ベートーヴェンの「悲愴」第3楽章は、古典派の形式美を守りながらも、ロマン派の幕開けを感じさせる情熱的な作品です。 単なる「悲しみ」の表現にとどまらず、前へ前へと進もうとする若きベートーヴェンの生命力が、200年以上経った今も私たちを力づけてくれます。

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